大和雪原(やまとゆきはら・やまとせつげん)は南極探検家・白瀬矗が命名した南極の地域名。ただし、国際的に広く用いられているものではない。
白瀬は1912年1月にクジラ湾にて南極に上陸した。南極点を目指す予定であったが、それは果たせず1月28日に到達した南緯80度05分西経156度37分が最も南の地点であった。白瀬はここに日章旗を掲揚し、日本と周囲の情景を組み合わせて、その地域を「大和雪原」と命名した。同時に白瀬が日本領とすることを宣言している。
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その後、直ちに日本の後続の探検隊が送られることもなかったために、大和雪原の範囲は明確化されていない。日本領の宣言については、第二次世界大戦後のサンフランシスコ平和条約第2条において、日本国政府は南極地域の領有権を放棄しており、無効となっている。
なお、現在では大和雪原は、陸上ではなく、ルーズベルト島南方のロス棚氷上にあることが判明している。